生きていると感じられるキャラクターを表現したい
野口:『ナキ』では背景表現にミニチュアを多用しましたよね。CG ではなく、あえてミニチュアを使うことで制作期間を短くできたと別のインタビューでコメントされているのを拝見しました。ミニチュアを使うというアプローチも、白組さん特有のやり方だなと感じています。
八木:「ミニチュアをつくる方が逆に大変なんじゃないか」っていってくれる人も結構いらっしゃるんですよね(笑)。でも、ミニチュアと同レベルの情報量をもった CG をつくっていたら、もっと時間がかかってしまうと思いますね。背景は世界観や表現スタイルを決める大切な要素です。それを全部 CG でつくろうとすると、なまじ何度でも改変できてしまうがゆえに、どこに落ち着かせれば良いのか決められないと思うのです。
野口:目の前に実在するミニチュアこそがゴールだと決めて撮影して、そこに CG を合わせたと?
八木:そうです。例えば、毛先がピピンと飛び出ている、よじった紐を CG で表現しようとすると凄く手間がかかりますよね。でも、ミニチュアなら手近な紐を使って簡単につくれるわけです。しかも当たり前ですけど、フル GI(※3) ですよね。カメラに撮影するだけで、説得力のある質感の背景が表現できる。ミニチュアを使うことで、ショートカットできるものは多いような気がするのですよ。今後もミニチュアは使っていきたいですね。
※3:GI
Global Illumination の略。大域照明と訳される。現実の世界で日常的に発生する光の複雑な相互反射を考慮して、レンダリングを行う手法。やわらかい間接光や、集光現象(コースティック)、色のついた光の反射(カラーブリーディング)などを表現できるが、計算負荷が高いためレンダリング時間は長くなってしまう。
野口:では プレスコ(※4)についても使っていきたいと考えておられますか?
※4:プレスコ
プレスコアリング(prescoring)の略。映像をつくる前に、セリフを先行して収録する手法。『ナキ』では収録された役者のセリフに合わせて、CG キャラクターのアニメーションがつけられた
八木:プレスコも絶対に必要ですね。役者さんの声があるおかげで、アニメーションをつける際にキャラクターの表情が頭に浮かんでくるのですよ。
野口:プレスコ中の役者さんの顔をビデオ撮影して、アニメーションの参考にされたりはするのでしょうか?
八木:一応撮影しますけど、あまり使いませんね。
野口:声を起点に、イメージを膨らませるわけですね。でも、後からアニメーションを付けてみたら何だかしっくりこなくて、声の収録をやり直したいと思ったりしませんか(笑)?
八木:収録に立ち会って、違和感があればその場で指示を出します。それで大抵の場合は良い感じになりますね。でも、おっしゃるような場合もあるので、その時は声なしで映像をつくっておいて後でアフレコします。ただし『ナキ』の場合、アフレコが必要になったのは全体の 5 %以下でしたね。プレスコの 2 年後くらいにアフレコをやったので、役者さんたちは「2 年前の演技に、こんな画がついたんだ!」って驚かれていましたね(笑)。プレスコの場合だと、違和感があればその場で言い直してもらえますよね。でも CG アニメの場合は、修正に 1 週間近くかかることもある。レスポンスが悪いので、感情のアプローチは声からやりたいのです。作中のキャラクターの感情の流れを声でつくっておいて、そこに画を合わせていく方が 3DCG の場合は良いように思います。
野口:ミニチュアといいプレスコといい、それらは完全に白組スタイルですね。本格的に画をつくり始める前にキャストを決めて収録までやってしまうなんて、たとえ効果的なやり方だとわかっていても、そうそう実践できませんよ(苦笑)。
八木:僕が一番関心があるのは、3DCG のキャラクターたちがちゃんと生きているとお客さんに感じてもらうことなのです。もともとはただのポリゴンで実在しないものだけど、「頑張れっ!」て応援したくなったり、「ほっぺたやお尻をプニプニしてみたい」と思ったり、そんな反応をしてほしい。ミニチュアもプレスコも、存在感のあるキャラクターを成立させるうえで必要なアプローチだと考えています。
野口:加えて、先ほど話していた脚本を練ったりパイロット映像をつくりながら試行錯誤する期間も、キャラクターに命を宿すうえで非常に重要になってくるのでしょうね。
八木:そうですね。例えば『ナキ』のパイロット映像の段階では、デフォルメ具合の着地点をどこにするかで悩みました。『アバター』(2009)のようなリアルな表現も理論上は可能ですが、実践には途方もない労力が必要でレンダリング時間もかかる。そこまでリアルなものをお客さんが本当に求めているのかどうかも疑問ですよね。加えて物語の内容によっても、合うルックはちがってくると思うのです。そこで当時の山崎さんと僕は、「『スターウォーズ』とピクサー作品の間を狙おう」 と話していました。若干アニメ寄りなのだけど、リアルな質感をもっているという世界観に落ち着かせたかったのです。


野口:だからミニチュアでつくったあの世界観になったと。
八木:ええ。3DCG というのは既存の色々な表現を模倣するものであって、3DCG ならではの表現というのはないような気がしているのです。だから『ナキ』の場合はミニチュアを世界観のゴールにして、そこで滑らかに動くストップモーションのような表現を目指しました。
野口:結局 3DCG は実在しないものだから、仮に 3DCG ならではの表現があったとしても、確かに認知しづらいでしょうね。『ナキ』の場合はストップモーションの模倣であっても、実際のストップモーションでは不可能な滑らかな動きを実現なさっていた。模倣のさらにその先を表現なさったから、高く評価されたのだと思います。
八木:パイロット映像の段階では、全然そこまで到達できませんでしたけどね(苦笑)。ただパイロット映像をつくったことで、どう失敗しているのかが何となく見えてきたので、本番では吸収して修正しました。
野口:僕もパイロット映像を拝見しましたが、スタートとしては十分だと思いましたよ。
八木:いえいえ全然ダメでしたよ。細かな表情や仕草のひとつひとつに実感がこもっていなかった。歩くという動作ひとつとっても、本当に歩いているように見えなかったのですよ。
野口:机の上に影が落ちているから、手を置いているように見えるはずとか、そういう問題ではないのですよね。
八木:そうです。例えばものを持つという動作でも、ちゃんとグッと力を入れて持っているのか、ゆるく持っているのか、良いアニメーションはちがいが伝わります。それを伝えるのは演技力なのですよ。「グッと持ったんだな」とお客さんに伝わるサインが明確に表現できているかどうかが重要だと思います。そういう豊かな演技を積み重ねていくことで、「凄く楽しそうな世界だなぁ」とお客さんに感じてもらえる作品ができあがると思っています。
野口:白組は一時期から、ドラマを表現することに重きを置き始めましたよね。生活感のある日常芝居が含まれた作品をつくり、演出志向のスタッフをしっかりと育ててきた。八木さん自身も、ドラマを演出することを大切になさっている。だからこそ、1 本の映画をしっかりとつくりきることができるのだろうと、そんな気がします。いい勉強になりました。今日はありがとうございました。
Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER_野口光一(東映アニメーション)
EDIT_尾形美幸(EduCat)、沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充
LOCATION_SCOPP CAFE
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シリーズ企画「日本にフル CG アニメは根付くのか?」は、 "日本におけるフル CG アニメーションの振興を目指す" Enhanced Endorphin(通称:EE) との共同企画。EE では、フル CG アニメーションの制作工程などをわかりやすく紹介するオリジナルコンテンツなども用意されているので、ぜひアクセスしてもらいたい。